★7月30日
朝4時過ぎに出発。小雨の降る中、悪路を通りながら最初の目的地、ヤムドク湖へ。
トヨタのランクルは、前に3人、後ろに3人、そして荷物置き場には、なぜか実家(国境の町ダム)に帰るという、運転手の親戚の男の子(小学生)。そんな話は聞いてないぞ、と早朝からもめにもめまくりましたが、結局合計7人での出発となりました。女の子3人にシューシュー、怪しげな運転手2人の男3人というわけで、必然的にシューシュー体が大きいのにも関わらず、狭い席で男三人並んで前に座ることに…。ありがとう、シューシュー。そして、私たち女の子は後ろで快適に眠りにつきました…………。
ちなみになぜ怪しげかというと、その怪しさは見た目にあります。…二人の絵に描いたような悪役顔に少し私はびっくりしていました。兄弟らしいのですが、姿形これが全く似ていない。サリーちゃんのパパ悪役版のような兄と背格好は風見し○ごに似たさわやかさのかけらもない親日家の弟。もとは四川省の方のチベット人で、彼らの中国語は四川省のなまりが相当きついらしく、広東省の彼女たちも耳慣れないようでした。
”めっちゃ…”と言うとき、”…得很”といいうのです。少なくとこの言い方を聞くことはこのあたりで聞くことはほぼありません。(一般的にはここでは很…や蛮…)普通語として文章の中に出てきても、口語としてはあまり使われていないよーな……おそらく。
そうそう、普通語といえば広東の彼女たちの普通語は聞き取りやすかったです。それに反して北京出身シューシューの普通語は、巻き舌がひどくて、本当に聞き取りにくかったです。何度聞き返したことか…。北京出身の彼はピーピーに普通語をレクチャー(発音矯正)することが何度かあり、広東の人はやはり広東語を普段話しているので、普通語ではわからない発音もあるらしいです。広東語と普通語は完全に違いますからね(;^^)彼女たちと一緒にいて、心底感じました。寧波人のトントンも広東の二人の会話は全然わかっていないようでした。
私がシャオティンに教え込まれて、覚えた唯一の広東語……
”ソーヘー”
………意味は、”バカ”。人を罵る時に言う言葉です。
私に失礼極まりない発言を私に繰り返すトントンに使いまくりました。
(そのたびにシャオティンのピーピーは爆笑していた。もしかしたらそれ以上の意味があったのかもしれません
…トントンはいったいどんな発言をしたのか?簡単です。これしかないでしょ、だーだおにはさ…
ヤムドク湖までの道は、崖ぎりぎりを通るような、山を越え谷を越え、の悪路でした。車一台しか通れないような道でしたが、怪しい運転手の運転技術は慣れたもので、すばらしかったですが、やはり眠いけれど、眠れない、恐ろしいけど、景色をみていたい、そんな朦朧とした頭のまま、ぼーっと私は外を見ていました。
ヤムドク湖は天気の影響で、期待したほどの美しさを見ることはできなかったけれど、

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↓ヤムドク湖にて 前日の雨の影響で濁ってます |
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ヤムドク湖の隣にある小さな街
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この道中に広がる世界は本当にこれまで見たことのないような世界だったんです。生の自然というのは、人間にとって試練だけれど、そのままの姿は非常に人を感動させます。
水色ってよくいいますが、水色をしている水は、本当にあったのか、と私は初めて知りました。そして一面黄色い花畑(菜の花?)と水色が織りなすすばらしい、景色。RPGの世界?ラピュタ、ナウシカの世界?こんな幻想的、超現実な世界…

私がいちばん気に入っている写真…。
★ギャンツェ

ギャンツェ・クンブム
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途中でギャンツェという町によりました。疲れ果てたピーピーとシャオティンは寺院に興味を失ったらしく、車で休憩。私も確かに疲れていましたが、やはりここは見ておこうと思い、入場料をやっぱり払って入りました。
ギャンツェの中心的の寺院『パンコルチューデ』はものすごかった。←密教の仏塔『ギャンツェ・クンブム』ですが、こんな形の建物は見たことがありません。
螺旋状にこれを回るだけで密教を会得できるとか、マニ車を回して経典を読んだことになるとか、チベット仏教は結構面倒くさがりにはいいのかな、と思ったり(笑)でも五体投地もあるし、そうとも言い切れない…ですよね。彼らの信仰心に深さを直に見て、”面倒”とか思う次元の問題じゃないことは明らかです。
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ギャンツェ・クンブムから眺めた景色
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まだ明るい夜の中、シガツェに到着。
一足先にトントンが一人でバスに乗って、シガツェに来ていたので、シャオティンは彼の泊まるホテルへ。トントンはこれからまたラサに戻るため、彼らの愛情故事(らぶすとーりー)はここまでか、と思ったのですが、そういうわけではなく、ネパールに行った後、シャオティンは再びトントンの元へ帰るのですね…。あれ、でも彼氏がラサに来るとか、そんなこと言ってなかったけ…。
残された私たち3人は丹増賓館の3人部屋に泊まることに…。ここでは日本人が数人いました。挨拶程度でほとんど交流ありませんでしたが、本当に日本人というのは、どこにでもいるなぁ〜(笑)と自分のことを棚に上げて思いました。ネパールでもそうですし。
ネパールで聞いた話ですが、世界でいちばんバックパッカーが多いのは日本人とドイツ人だそうです。統計の取りようがないものなので、正確性はないと思いますが、なんとなく納得(;^^)です。
★7月31日
一日かけて、シガツェを観光することに。メインは、もちろんチベット仏教でダライラマに次ぐ地位にあるパンツェンラマの総本山、『タルシンボ』タルシンボ寺は、キラキラしていました。きれいなんです。これは歴史的要因が大いに関係していると思いますが、今までの寺院と比べても格段の美しさでした。とりわけパンツェンラマ10世の霊塔は、中国政府の力が入っていました。世界一でかいという弥勒仏もあり、その豪華絢爛な装飾に終始あっけにとられてしまいました。
この街にも多かったのが、”助けて、おばさん。”(おばさんじゃない!とピーピーは怒っていた;^^→おそらくその単語しかしらないんでしょう。)とお金を求めてくる人。とりわけ子供が多く、そしてしつこい。子供の頃からこういうことを覚えさせられて、非常にかわいそうに思いながらも、どうすることもできませんでした。”お母さん、いない…”とも言うんですね。なんだか、複雑な心境になります。
学校にも行けない彼ら、ダライラマが選んだパンツェンラマ11世の行方、そして中国では決して拝むことのできない北インド在住のダライラマがもし………いろんな憂慮が頭の中に浮かびました。

太陽により近い高山地帯では、こうやってお湯を沸かします。
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